榛原誌

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シナリオを担当したパズルゲーム 「ハローキティとまほうのおもいで」がリリース!




1月27日

娘が小学1年生になって、夫は念願の湘南藤沢市民マラソンの親子の分にエントリー、娘と2人で2.2キロ走った。

しかめ面をしながら江ノ島の弁天橋を走っていた娘は、ゴール付近で箱根駅伝の旗を振りながら名前を叫ぶ私を見るなり笑顔になって、ぎゅいーんと加速。夫と娘は手をつなぎラストスパート、笑いながら何人も何人も追い抜かし、二人の後頭部はゴールゲートへと吸い込まれていった。

 

夕方、西麻布の祖母の家へ。

イトコ夫妻と祖母の94歳の誕生日を祝う。

祖母は去年よりも喋りがはっきりしていて、なんだか年々若返っている。

老人会で作ったレジンのブローチやらストラップやらを、全部娘にあげようととっておいてくれていた。心の中で、娘こんなのいるのかな?と思ったけれど、意外にも娘は喜んで、いいものもらった、と、すぐにリュックに取り付けていた。

 

娘のことが可愛くて可愛くて仕方がない祖母は、この子はいったい将来どんな風になるんだろうねぇ見たいねぇ見たいけどねぇと嘆くので、いとこも私もフラットな調子で、見られるんじゃないと言い放つ。祖母は70の時からもうすぐ死ぬよと言い続けているが、あれからもう20年経っている。

 

書道を習い始めて1年の娘が手帳に書いた今年の抱負の横に、おばあちゃんも何か書いてよと筆ペンを渡す。祖母は書道の師範代をとっている。

イトコが、波動は我にありって書いて、などとと頼んでいたのでやめさせて、亥年だからいのししと書いてもらう。祖母は自分の名前を書いた横に、バァバと書くつもりでババアと書いてしまっていたので、みんなで腹を抱えて笑った。

娘は祖母に、筆と半紙をもらって帰った。

 

人間がいつか死ぬものだと知って、おばあちゃんと会うのは今日が最後になったのかもしれないと布団をかぶって泣いたのは、ちょうど私が娘ぐらいの年齢だ。あれから祖母はずっと生きている。これからもずっと生きるだろう。