榛原誌

榛原トリコ・夜・芯etc…榛原たちの湘南暮らし

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7月20日

娘、夏休み1日目。

 

家族で朝一番の回のトイ・ストーリー4を観に行く。

いちばん大きなスクリーンは朝イチの回のみで、9時台だというのに人はぎっしりだった。

 

前日まで「トイ3の終わりがよかったから、3で終わりにしてほしかった〜」などとバイト先で言っていたくせに、結果的には、トイ4をありがとう!!観てよかった!!という思いでいっぱい。ジョンジョン泣いてしまった。夫は泣きすぎて頭痛がすると言っていた。娘はなぜ我々が泣いているのか不可思議なようであった。

 

以下、ネタバレ含む。

 

 

唐沢寿明の声がガサガサしていることが多少残念ではあったけれど、それだけウッディもくたびれているのであろうということで納得をした。

最近のディズニー作品においてひとつ気になっていることなのだけれど、女の子を元気よく強く描くことはいいのだけれど、それと対比するように、主人公(か、それに近い) の男性キャラのかっこわるい部分描くことが、そのかっこ悪さ加減が、私にはあまりすんなり受け入れられない。私が男性のそういう部分を嫌悪しているからかな?とにかくイヤな気持ちが全然抜けないまま、うやむやに解決して次にいってしまう部分がいつもしこりとなる。ウッディーの、リーダーとしてダメになっていく部分を描いたのはどうしてなんだろう。ラストの選択のためといえばなんとなくは納得できるのだけれど、観たかったウッディかといえばちがう。バズも、あんなに心の声を聞かなくても良いのではないか。

ラストのラストで、フォーキーがまだいることに驚いた。それはリアルなことではないけれど、「とくべつな子」という魔法の言葉で、なくはないか、と思い込まされる。

 

という、モヤモヤする部分が、なかったわけではないが、総じてトイ4はとてもよかった。それは、わからない、単発で観たらそうは思わないのかもしれない。

ウッディーの選択は、永遠にウッティーが生き生きとすごしているのだと思えるし、また、自分ではなく他のおもちゃが誰かに愛されるように促すことに喜びを感じるまでになるという成長ぶりに、感嘆。

 

私はボーが大好きで、だから予告編を観たときに、ショックだった。あの上品なボーが、ズボンでかけまわってアクションをこなし、表情までちがう。

だけれど、観ているうちに、変わりたくて変わったわけではないこと、でも変わった自分を気に入っていること、変わらなければいけないとき、受け入れることで世界が広がっていったことなどが伝わってきて、私はボーにはじめて感情移入をして更に好きになった。

 

変わらないおもちゃだからこそ、劣化やいじける方向ではなく、変わっていく姿を描いたことはすごい。

軸足を、愛されることからシフトしたら世界が見えたという姿に泣いたのは、私が親だからだろうか。

 

ラストのセリフ、「わたしなんで生きてるの?」「さあ、なんでだろうね」で、わけのわからない涙が溢れた。

そこに、「いやいや生きてないし」とは思わなかった。

そのことが、トイ・ストーリーのすばらしさだと思う。

 

余談だけれど、射的屋のにいちゃんが、宮藤官九郎に見えて仕方がなかった。