11月26日
鳩が二羽、喧嘩をしているのかと思ったら、鳩ほどの小さなトンビが、鳩を仕留めにかかっているのだった。練習のつもりなのか、本当に下手なのか、トンビは足で掴んだまま鳩を引きずり、鳩は逝けない。あたりには鳩の羽が大量に散らばっている。やがて地上10cmあたりを低空飛行して行ってしまった。
イトコとランチでウクライナ料理を食べようということになっていたのだが、深夜2時まで宮部みゆきの「三鬼」を読みふけってしまって寝不足のためか、腹痛を起こしてしまい、喫茶店で私はお茶だけ、イトコはフルーツサンドと珈琲を頼んだ。
最近の父の様子を報告、相談する。
「もう、どうしたらいいだろう」と言うと、イトコはしばし考え、「結局、おばちゃまみたいな怖い人がやっぱり必要なんだと思うから、威嚇する、じゃない?」と言って、威嚇用にと、赤い口紅を誕生日プレゼントに選んでくれた。
また一社、書類選考で落ちたとメールが入る。心がしんとする。
試したGINZA REDをつけたままの唇で父を見舞うと、父は明らかに落ち着きがなかった。威嚇がきいているらしい。
夫の名前を出して、「入院したんだって?病気?」と聞かれたので、1%しか合ってないな!と思いながら「怪我で病院行っただけだよ」と答える。
迎えが来て別室に移動し、先生たちに、画像込みで父の検査結果を聞く。
今回新たに見つかったのは、貧血と、便の潜血、首の動脈狭窄、脳の腫瘍らしきもの。
貧血は主な原因は酒の多飲によるもので葉酸不足からと思われ、葉酸補充のフォリアミルという薬を始めるが、効果が出て来るのは1〜4ヶ月ほどかかる。
便に潜血が見られたので、可能性は低いが胃や大腸からの出血(潰瘍・癌など)の可能性もあるので緊急ではないけれど退院後外来で一度大腸カメラをやっておいたほうが良い。
動脈硬化と意識障害の原因検査では、首の右側の動脈が非常に狭くなっていることがわかった。これは脳梗塞の根っこになり得るもの。
また、脳の画像で白くもやがかっている部位があり、専門医に見せたところ腫瘍の可能性があるとのことで、これら両方脳神経外科に診察依頼をかけ直す。
退院は金・土・日のどこかの予定。
いつがいいですかと聞かれ、父は、なるべく早い方がいい、という。
「娘さんはお迎えにいらっしゃれますか」
「私は来たいと言っているのですが、父がタクシーで一人で帰るからいいと言うのです」
「迎えに来てもらいなさいよ〜」と先生。
父はどうのこうのと言い訳をしながら結局私が車で迎えに来ることに。
「来月の外来、私も来た方がいいですか」と質問する。
「結果がお父さんからのまた聞きになっちゃうと、不安ですよね〜?」
「はい」さっきも夫を病気で入院と勘違いしていたばかりだし。
「いいよ、来なくて」
「来ます」
「診察時間、早いから」
「来られますか?」
「大丈夫です、何時ですか」
「11時とかだよ?」
「それ全然早くないから」
続いて、入院中に禁断症状などなかったことから、お酒はやめられる人なので、このまま飲酒は中止、もしくは量を控える。煙草はやめるように、と言われる。
やめられますか、と先生に尋ねられると、父は、がんばるつもりです、とへらへら笑っていた。やめます、でも、がんばります、でもなく、がんばること自体、未定なのか…。
「控えるよりもこのままやめた方が楽じゃない?休肝日じゃない日に飲み過ぎちゃうんじゃないの」
「いや、こうなった原因は、夜眠れなかったからだ」
「こうなった原因は酒だってさっきから言われてるじゃないの」
「いや、だから、というのも、夜眠れずに朝になっちゃうから仕方なく朝から酒を飲んで」
「朝から飲むのはよくないな〜」と笑いながら先生。
「そのあと、寝て、夕方起きて飯食うタイミングのがしてっていう繰り返しになっちゃったから。朝から酒を飲んだ、あれがよくなかったんだなぁ〜」
入眠剤と、禁煙のお薬、必要だったら出しますから、と言ってくれる先生に、父は調子にのってふんぞり返ってべらべら話しだす。
「あと、ふらふらしてたの、俺はこの首のやつだと思うよ。やっぱりなってかんじ。ここがしまっちゃってんだよ、脳貧血みたいなことがよくあったもん」
「だから貧血の主な原因も酒だって言われてるでしょうが…」
「や、でも、今までこんなに詳しくみてもらったことなかったから、ほんといい機会だったよ、俺も70歳になって、いい節目だよ。これにこりて、心機一転だ!」
心機一転で辞める!というならわかるが、父の場合、根拠なくただむやみに心が晴れやかになっているだけだ。なにをがんばろうということでもなにを変えようということでもない、ただ、気分が変わっただけ…。脳に腫瘍があるかもしれないと聞いて私は泣きそうだったのに、どうしてお父さんはそれを完全に無視して全部終わった感じでいるのか。
病室に戻り、あたらしい、スタンプ式の注射のやり方を教わる。
私もサンプルで練習する。
看護師が去って、父に、お父さんこれからどうしたいの、と聞く。
「どうしたいってなに」
「だから…一人暮らしを、していきたいんでしょう。…できるの?」
父はしばし考え、妹の家に週2回行っていたのをやめにする、と言いだした。
「あれをやめさせてもらって、悠々自適にやらせてもらうよ!」と笑った。
妹が聞いたら、「頼んでない」「夏からずっと来ていない」「今までが悠々自適すぎたのに」と怒るだろうと思った。
「部屋の掃除とかできるの。すごい状態だったって聞いたよ」
「ええっそうかな〜?一人暮らしのわりにはきれいにしてるっていわれるけどな〜」
「それ、1年前の話じゃん。正月、お父さん、朝3時まで飲んじゃって具合悪いっていって、一人でやるって言いはっていたのに結局私たち元日に掃除するはめになってお節をつめさせたりしたじゃん。シンクすごく汚くてさ」
「ええ〜?そうだったっけ?覚えてない」
「うそでしょ…」
ほんとうに、都合の良いことしか覚えていない父に、私は私の気持ちを話した。
私自身は父をそんなに心配していないこと、好きにすればいいと思っていること、でも部屋や服が汚いのも食事を取らないのも嫌だから介護申請を今からしておいて、要支援でデイサービスがつけられる準備をしておいてほしいこと、妹は来年長男受験次男サッカーラストイヤー三男小学校入学でめちゃくちゃ大変だから心配をかけないでほしいこと、もし会社にもう行く必要がないのであれば、うちの方が安いし、引っ越してきたら?
父は、なぜか介護申請についてはノリノリで、散歩がてら市役所に行って来るよ!と意気込んでいた。
妹のことに関してはばつが悪いのか、苦笑いをして首をすくめていた。
うちのほうに、については、食い気味に「いいいいいいいい」と激しく拒否られた。同居だと思ったらしいのでそうではないとわからせるために、祖母の住んでいるような自立型の高齢者向け住宅の説明をする。「そうなったら考えるよ」と言うので「そうなってからではもう入れないかもしれないから、元気なうちに、考えておいて。心にとめておくだけでもいいから」と押し付ける。
「会社、いつまで行かなきゃいけないの」
「べつに行かなきゃいけないわけじゃないんだけどさ、一応お給料もらっている身だし、昔からの気心知れた連中だし、行ったらお茶入れてくれるしね☆」
あ、そう…としか言えないような返事をする父は、退院したら食べたいものがいろいろあるんだ、と今からウキウキしていた。
帰宅してすぐに夕飯の支度。
コストコで買った冷凍の小籠包と、届いた里芋を蒸し器にかけて、卵とチンゲンサイとえのきの中華スープを作った。美味しかったが、歯ごたえのある物がひとつもない。
食後、妹に電話で報告。「もうほんとさー」「もうほんと」ばかり言い合った。