榛原誌

榛原トリコ・夜・芯etc…榛原たちの湘南暮らし

シナリオライター/文筆家/お仕事の依頼はtoriko.haibara@gmail.comまで。


11月30日

退院する父を迎えに車で向かう。

少し病室で待たされていたのでこれ何の時間?と聞くと、月曜日にも外来が入ったからどうのこうの、と言う。

「じゃあそれ私も来ないとね、何時?」と聞くも、いや、それは大腸のカメラをやるやつだから来なくていい、水曜も来なくていい、先生に言ってあるから木曜の脳外科の時だけでいいから、と言う。

「でも私先生に直接お電話頂いたんだけど…?」と言うが、とにかく月曜の時間を教えてくれない。

そんなうちに会計に呼ばれ、話がうやむやに。

 

車に乗り、昼ごはんなにが食べたいか聞くと、神田の薮そばで天たねとせいろ二枚、と言う。了解、と言って車を出す。なんやかんやと話し、父は「いや、でも、今回ばかしはやばそうだな」と言い出す。脳の腫瘍のことだ。

「お父さん、脳だけは良かったのにな。他は全部内蔵悪いのに」

「そう?肝臓も心臓もいいじゃない」

「まあ、そうだな」

認識が雑すぎる。

100円パーキングそばにあるから、と言われ、お父さん今は300円するんだよと思いながら車を止める。病院内では気がつかなかったが、歩き方がおかしい。おしっこもらしちゃった人みたいな歩き方で、左腕が振れていないし、勢いで左足を運んでいるようだ。左手をすぐにポケットに入れようとするので、危ないから出すように何度も注意する。道路を横断中に、目の前を郵便局のバイクがすり抜けていった。

私はとろろの「そばとろ」のせいろを、父は天たねとせいろを一枚にして注文した。一枚にしたの、と言うと、せっかくだからこのあと竹むらに行きたい、と言う。

 

蕎麦をやりながら、妹からのLINEの返事に忙しい。

父が、6日の脳外科医の診断までお酒も煙草もやめないと言いだしたからだ。

6日の診断が良かったらやめるの、悪かったらやめるの、と聞くと、「いや、もう、6日までは開き直っちゃおっかな〜と思って」と言うのだ。どうしようもなさがすごい。

妹が、激怒してどんどんメッセージを送ってくるので、まるで私が怒られているように。「タバコ吸ったら私もう家に行かないよ!って言って」と言うので、そのように言っているけど、かまわないの?と父に問うと、父は頷く。それを伝えると妹は「じゃあもうかかわらない」という返事。それでは私が困るのだ。

かき揚げが苦手な私だけれど、少しもらった天たねは、どこもかしこもさくさくしていてとても美味しかった。

 

竹むらで、父はあわぜんざいを頼み、娘にといって揚げまんじゅうをお土産に包んでもらっていた。私が頼んだあんずあんみつの写真を撮っていると、これも撮る?といって、父はあわぜんざいの椀の蓋を取った。

 

お父さんは怖い人たちがみんな死んで今一人暮らしが楽しくてしょうがないんだよね、と言うと、父は目を輝かせて何度も頷く。「今はあいつがおっかないけどな」と妹の名をあげてニヤリと笑う。

「心配なんだよ」

「わかるけどさ。死刑囚みたいに暮らしたくないよ」

しかし父はもうそこからパーキングまで歩くことすらできないのだった。

 

母の墓参りに寄る。手を合わせ、お母さん、お父さんをどうにかしてください、と頼み込む。ピグモンのような形になって階段を降りる父の手を取って、家に送る。

ああ、落ち着くなぁ、と、すぐにテレビをつけ、その前のソファーで足をのばす。荷物をあれこれ出していると、あとでやるから置いといて、と言う。

妹から頼まれた通り、冷凍庫内のお湯で温めるだけの食事の説明をする。

「今夜はこれを食べるの?」と聞くが、

「今日は寿司を食べる」と言う。じゃあ明日食べてね、と言うと、明日の昼は鰻を食べて、夜は碁会の連中との集まりがあるからそこで食べる、と言う。

退院してそんなにごちそう続きで大丈夫なんだろうか。

「野菜も食べて、飲み過ぎないでね。煙草は吸わないで」と言うも、韓国ドラマに見入ったまま、「今日はどうもありがとね」と追い払われた。

 

湘南に戻って喫茶店に入り、作業をしようと思っていたところ、あ、結局月曜の時間聞いていないと思って父に電話するも、やっぱり教えてくれない。じゃあなにかあったら近くで働いている妹に連絡がいくっていうのでいいかどうか先生に聞いてみるね、と言って電話を切り、先生に連絡する。と、先生は受診時間を教えてくれた上で「ご本人にももう今回のようなことにならないようにご家族に協力してもらってくださいと話しています。出、来、れ、ば!全部付き添ってください」と、あくまで「できれば」をつけてはいるけれどそこは強制的なニュアンスで、私は少し叱られていた。

先生に叱られたので行きます、と電話で言うと、さすがに父は少しもうしわけなさそうに、了承した。

  

妹からLINEのメッセージ。父にがんがんメールをしていたら「あまりおどかさないでください」という返事のみきたという。

考えて、父に、「私は付き添いを迷惑だなんて思っていないよ。お父さんによくしてもらっていたからかな?今日いっしょに甘味処いけてたのしかった。たばこは吸わないでね」と送ってみた。返事はない。妹に、返事ないことを言うと、「泣いてるんじゃない?」と人情家の彼女は言うが、なんのことはない、そのメールがきていた時、父は寿司屋にタクシーで行って、酒とタバコをやっていたのだった。