榛原誌

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12月6日

今日も道が混んでいてガソリンを入れてから父の家に着くまで家を出てから3時間かかった。

父は昨日より元気そうだった。歩行が安定してきている。左手を出すよう言い続けた甲斐あって左腕が振れるようになり左足の運びも右足のそれと変わらない。頑張って院内歩いてるからねと褒めると、やっぱり食べてるからな!と得意げに。卵食べてるしねと私が継ぐと、あと牛乳な!と自らの判断を誇らしげに付け加える。顎が割れたから牛乳を飲んでいたのだろうか。もう2リットルぐらい飲み干している。飲み過ぎでは?

 

車の中で父は、今日試しに普通の白いご飯を食べてみたと言い出した。

「先生に2週間流動食って言われたじゃない。噛んだらだめだって」

「流動食は聞いたけど噛んだらだめは言ってたかなぁ」

噛んでいいんだったらどうして流動食なんだ。

病院の駐車場が混んでいたのでエントランスで父を降ろして先に口腔外科に行ってもらう。駐車して向かうと、もう顎のガーゼを外してもらった父がいた。先生にもう普通のご飯でもいいって言われたよとうれしそうにしているが、疑わしい。

「あまり硬いもの食べないでよ」

「入れ歯だからそもそも固いもの食べられないよ」

次の脳外科の時間までは結構時間があるなーと父。結構といっても20分位だ。じゃあちょっとお茶しよう、と言って父はよちよちと昨日のレストランに入っていく。ソフトクリームと珈琲を頼む父に負けじとショートケーキとカフェオレを頼む私。うれしそうにソフトクリームを食べる父は、珈琲にシュガースティックを二本も使い、更におかわりの珈琲に一本使う。父の食生活を毎日見たことがなかったのだが、糖尿もあるのにこんなに糖質ばかりとっていていいのだろうか。

 

脳外科の診察室の前のソファーベンチに座り、そこからが結構待った。脳外科だけあって重篤そうな患者さんが行ったり来たりしている。父の腫瘍は特に心配はしていないけれど待ち時間が長くなるほど空間になんだか緊張してしまう。

名前が呼ばれていよいよ。

先生は若い男の先生で声が高い。声が高いだけでなんだか安心する。

先生は父のMRIの画像を指す。眼球の上に白い丸いものが写し出されている。

先生の話はこうだった。

 

脳に2センチ位の良性のおできがあって普通だったら見つかってもそのままにしてしまうようなものなのだけれども、場所が非常にまずくて、ここだけはダメなんです。視神経の真上にくっついている。これをこのままにしておくとある日突然左目が失明します。強く手術をお勧めします。なるべく早いうちに。

 

先生、早くと言うとどのぐらいですかと正月を家で迎えたいだけの父が深刻そうに聞く。

そうですね、春までにはしていただいた方が良いかと思います、との先生の答えに拍子抜けする私と父。

「あ、じゃあ先生、年明けでどうでしょう」と言う父に、え、あ、じゃあ、手術はご快諾ということで…?とおののく先生。父は得意げに踏ん反り返る。

「私はね、ここの病院には長いこと来ていて詳しいんですよ。なんで年明けかっていうと、病院が空いてるんです」

先生は笑いながらよくご存知ですね実はそうなんですよ年明けはね手術が少ないんです、じゃあ1月の4日の入院で、7日に手術と言うことで大丈夫でしょうかととんとんと決まっていく。

先生ちなみに入院期間はどのぐらいなんでしょうかと聞くと、そうですねと声を落として先生は、大体1週間から10日ほどになりますかね、と答える。再び拍子抜けする父と私。え、そんなもんなの?ついで、術後生活はどのようになっていくんでしょうかと尋ねるも、変わりませんとの答え。「よくもならなければ、悪くもなりません。顔面の神経にも触りませんし、傷跡は髪の毛の中に隠れるようになるので目立ちません」

 

待合室に戻った私と父は顔見合わせて、や、よかったね、入院も2ヶ月ぐらいかかると思っていたのにと言い合う。

突然元気を出した父は、昨日は私が肩を貸して歩いていたのに、こんなのわけもないと威張りながらよちよち歩いて会計からなにから全部自分でやっていた。

 

それにしても全然携帯がつながらない。3G回線か圏外の表示ばかりになってしまう。検査結果を気にしているだろう妹に連絡が取れないし、家にいる娘から何かがあって電話が来ていたらどうしようと気がかり。そわそわしている私に、携帯壊れてるんじゃないのとニヤニヤ笑いかつそれを何度も言う父。なにが面白いのか。

 

父は、すっかり全てが解決したような気になっている。

腫瘍の方はあまり心配していなかった私にしてみたら、全然何も解決していない。むしろ、これで父が高齢者向け住宅への引っ越しを渋るようになるのではないかと懸念している。

 

ようやく電話が繋がって、妹に報告する。

疲れた〜と言う私に、お姉ちゃんの負担が多すぎて申し訳なさすぎて、と妹。そんなことはない。病院に付き添うのは別にいい。私はこういうときにこういう動きができるかわり、妹のように普段父の様子などは気にしないし掃除もしない。適材適所だし、疲れたーって聞いてもらえたらそれでいいのだ。

 

家に帰ると、風呂上がりの娘が1人でテレビを見ていた。箇条書きしておいた事は全てやった模様だ。急いで冷凍庫の中にあった塩だれ豚トロを焼いてその間に白菜とえのきのスープを作った。ご飯はレンチンご飯だ。寝室に幽閉している夫に声をかけると37度から39度を行ったり来たりしていると言う。細菌性の風邪かなぁと思い明日朝一で病院に連れて行くことにする。また病院か…。

 

和室に並べた布団、寝しな娘に、今日は本当にどうもありがとう偉かったねママがサービスしてあげるよと言うと娘は、シュークリームとエクレアがいっぺんに食べたいと言った。